〜 第十四章 〜
芹雄と、これに関わる者達…1
芹雄:「ふぬぅぉぁぁぉぅ……」(今日は漸くあいつらが帰ってくる日か…長かったなぁ。)
宿の一室で窓を開け伸びをしながら少し物思いに耽る芹雄。
芹雄:(さて…飯でも食って、何するか考えよ。)
そして着替えてから下に降りてゆく。
マスター:「おう、芹雄。おはようさん。良く眠れたかい?」
芹雄:「おはよう、マスター。ま、お陰さんでぐっすり。」
マスター:「そりゃ良かった。そら、顔でも洗ってきな。朝食の用意するから。」
芹雄:「ん……サンキュ。んじゃ、あとで。」
マスターからタオルを投げ渡され、洗面所に向かう。ふと思って、顔…というか顎に手を当てる。
芹雄:(う…結構伸びてるなぁ…ついでに剃っとくか。)
実はこの芹雄、不精髭がかなり生えてます。本人曰く、「面倒臭いから剃らない」らしい…
井戸水をポンプでくみ上げ、桶に溜める。面倒臭いのか、髭をちょっと濡らした後いきなり降魔の利剣で剃り始めた。
<セリオス>:[幾ら面倒臭いからといって、それは無いだろう…]
芹雄:「いいだろ、別に。誰も迷惑しないし、剣の切味が落ちる訳でもなし。おぉ、スゲー良く剃れる☆。」
<セリオス>:[見ていて凄く危なっかしいんだが…それは両手剣だろう?]
芹雄:[ん? ほら、俺って…力の達人じゃん?」
<セリオス>:[そういう意味で訊いてる訳じゃないし、それは関係あるのか…まぁ、気にしないのなら別に良いか…]
そんな変な会話(?)をしてるうちに髭剃りも終わり、洗顔を済ませ、酒場に移動する。
芹雄:「うむ…今日は久し振りに髭を全部剃ったから顔が涼しいな。うーす、マスター、朝食出来てる?」
マスター:「おはようございます、お客様。今御用意致しますので少々お待ちを。」
芹雄:「………マスター、なんの冗談だ?」
マスター:「え? ……あぁ!なんだ、芹雄か。判らなかったぞ。」
芹雄:「本気で判らなかったのか…? そんなに別人に見えるかなぁ…」
マスター:「あぁ、まぁな。十歳くらい若く…そうだな、十代に見えるぞ。」
芹雄:「げ!じゃぁ、昨日までの俺って何歳くらいに見えた!?」
マスター:「え…少なくとも30は下らないと…」
芹雄:「まァじで!?…え? え? マジでかァ?」
思わず架空人「ヤベッチ」になってしまう芹雄。
≪コクリ…≫
そしてマスターは無言で頷いた…
芹雄:(うぐ…明日からはちゃんと髭は剃ろう…)
そう、深く心に刻む芹雄であった…
そんな事があってちょっと凹みながら席に着く。暫くすると女将さんが朝食セットの乗ったお盆を持って芹雄のもとに来た。
女将:「お待たせしました、お客様。今朝の朝食は浅蜊の味噌汁に鯖の塩焼きと、――――
芹雄:(はぁ…女将さんまでもか…)
女将:――――です。御飲み物は御替わり自由ですので申し付け下さい。では、ごゆっくりどうぞ、芹雄さん♪」
芹雄:「!? お、織江さん!!!」
からかわれて顔を真っ赤にし、文句を言おうと立ち上がって振り向く…しかし、既にマスターの元に移動完了していた。さすが、元・凄腕の忍者……
女将:「ふふふっ…まだまだ青いようね?ボウヤ。」
マスター:「ははははは!一本取られたな、芹雄。」
芹雄:「こ…この夫婦は……」
この宿屋を営んでいるこの夫婦。実は少し前まで冒険者だった…らしい。二人とも冒険者としては一流の腕で若い割に活躍していたので結構有名だった…らしい。
性格も日紫国にしては中立の傾向があり、色々な国の人々からも信頼されていた。
冒険を辞めた切欠は、この店のもとの主人だった親が死んだので後を継いで欲しいという遺言だったという。
このマスター…「『風の刃』林善十郎」は、誰よりも父の小兵衛を尊敬しており、遺言通りこの宿の跡取になったという。当然冒険を辞めてまで。
当時結婚もしており、共に行動していた妻、「『中空を舞う綿毛』織江」は快く彼の意志に二つ返事で返し、共に働く事になったという。
マスター・女将共に元・忍者…なんとも物騒な肩書きを持つ二人が構える店だが、人相は柔かで、特に女将は美人で人当たりも良く結構な評判。
芹雄と出会ったのは971年中。出身地の水鏡都市と東方都市はバイラーダス大陸でいうとほぼ正反対に位置するので
普通の冒険者なら、知合うまでに手形の関係上、中に入るのには1年以上かかるだろう。しかし芹雄は別格なので話は別だった。とっとと中に入り最初に訪れたこの店で
3つの討伐をこなしたので気に入られ、話してる間に意気投合。全宿屋のマスターで芹雄と一番仲が良いのはこの人である。
昼頃、3人が帰ってきた。取り敢えず手を挙げて合図する。しかし…
三人:(…………………???…ぼそぼそ……)コクコク。
と、少し相談した後ファンチーヌと藍玲は無視。一応奈香は御辞儀だけ返してきたが、こちらに来る様子は無い。
芹雄:(無視とは…なかなか良い度胸をしているではないか……)
ファンチーヌ・藍玲・奈香の3人はそのままマスターのもとに歩いて行き、声をかけた。
ファンチ-ヌ:「こんにちわ、マスター。」
マスター:「いらっしゃい。…おぉ、芹雄の仲間の嬢ちゃん達か。」
藍玲:「ニーハオ♪」
奈香:「こんにちわ。」
ファンチ-ヌ:「ところでマスター、いきなりなんだけど……」
そう言い、マスターに耳打ちするファンチーヌ。ちらちらと芹雄を見ながら話している。
マスターは話を聞いて数回頷いた後、芹雄を指差し――――
マスター:「そこに座ってる奴は芹雄だ。」
――――と言った。三人は一斉に振り向き芹雄の姿を見ると目をカッと見開いて『ぎょっ』とし――――
三人:「えええええええええ――――――!?!?」
――――と、大声を上げて大層驚いたそうな。
芹雄:「ンだよ…結局オマエ等も本気で判らなかったのか…」
酒場の円卓を芹雄一行の4人とマスターと女将さんで囲んで談笑していた。
マスター:「そりゃそうだろう。かなりの付き合いがある俺でも髭の無い顔を見たのは初めてだったからな。」
芹雄:「う…これでもたまには剃ってたんだぞ?」
女将:「その都度ちゃんと全部剃ってたのかしら?」
藍玲:「少なくとも、ワタシ達といる間は生えてたアルね。」
ファンチ-ヌ:「ホント、吃驚したわ…髭が無いと歳相応に見えるのにねぇ…」
奈香:「なんで剃ってなかったんですか?何か願掛けでも…」
芹雄:「いや……う〜ん、剃るのが面倒臭かっただけだな。生えてるからってどうなる訳でもなし。」
ファンチ-ヌ:「芹雄は性格が面倒臭がりなのね…良く解ったわ…」
奈香:「でも、やっぱり面倒臭くても髭は剃った方がいいですよ。」
芹雄:「まぁ、先ほど思い知って、次から剃る事にしたから心配しなさんな。」
藍玲:「そうアル。そんなことじゃグルメにはなれないアルよ!?」
芹雄:「それはなれなくていいよ。」
藍玲:「うぅ…最近の芹さん冷たいアル…しくしく〜…」
ファンチ-ヌ:「あぁ…藍玲、泣かないで…?ほら、芹雄!謝んなさい!」
芹雄:「ほんで俺が悪いんかい! っていうか、今回は予想できたワイ!」
奈香:「…仲の良いパーティーですね?」
女将:「ほんと。羨ましいわね。」
マスター:「あいつら、あれでもパーティーを組んで半年経ってないんだからな…まぁ、あれもあいつの能力なんだろうな…」
奈香・マスター・女将が見ていた光景は、必死で藍玲に謝って許しを請っていたが、『嘘ぴょーん』という言葉に逆上し 『ムキー!!』と言って笑われる芹雄と笑っているファンチーヌ・藍玲の姿だった。
芹雄:「マスター、仕事の依頼書見せてくれないか?」
マスター:「ん? おぅ、いいぞ……ほらよ。」
芹雄:「サンキュ。…………………」
渡された依頼書を眺める芹雄。仲間の三人は『情報集めに行ってくる』と言い、町に出て行った。
マスター:「そういえば、芹雄。異世界…いや、異大陸の噂を訊いた事あるか?」
芹雄:「いや…? 異大陸か…全然だな。初めて聞く。」
マスター:「その異大陸でな、凄い人物が居ると言う情報を得たんだ。」
芹雄:「ほぅ…?興味あるな。詳しく聞けるか?」
マスター:「あぁ…ま、俺の知ってる事程度だがな。」
芹雄:「構わん。聞かせてくれ。」
マスター:「うむ。では―――――」
マスターが言う異世界についての事をここに記載する。
その異世界の名は『アクエルド』という。名と地形や国は違うが生態系や文明などはこちらと全く同じ世界。そこでもやはり冒険者は存在する。
しかし、最近現れた一人の新米の冒険者の活躍は目覚しい物がある。しかもその新米冒険者はなんと十代半ばの少女だという。しかも一人旅をしている。
『グランデヴィナ』の称号を持つ彼女はその常人を遥かに超える能力と扱う武器により幾多の苦難と修羅場を越えて今だ旅を続けているとのこと。
その戦乙女の名は『レナス』という……
芹雄:「へぇ…凄い女の子がいるもんだ。お知り合いになりたいもんだねぇ…」
マスター:「やめとけ。噂だが、何度か指名手配にあってるらしいからお前さんとは性格が合わないだろう。」
芹雄:「ま、それ以前に異世界になんか行けると思わないしな。」
マスター:「あ、そうそう。彼女は力の達人を倒した、という話も聞いた。」
芹雄:「へぇ?十代でか? やるもんだなぁ。俺もうかうかしてられないかな…」
マスター:「何言ってやがる…神より強いくせに…」
芹雄:「ま、俺は強さとか地位とかには興味が無いんだ。女にモテればな。」
そして、鼻で小さく笑う芹雄。マスターは『やれやれ…』と溜息交じりに一言もらし、肩を落す。
マスター:「そういえば、芹雄。お前さん、忍びの達人だったよな?」
芹雄:「ん? そうだが? …まさか…マスターが俺に兆戦!?」
マスター:「負けると解ってて誰がやるか!阿呆!」
芹雄:「ちぇ…マスターをボコれると思ったのにナ☆」
マスター:「こ…この…… まぁいい。話を元に戻すが、お前の他にも忍びの達人が――――」
芹雄:「あぁ。栗原仮面の事か。」
マスター:「――――この町に居るん……え? なんだ。知ってるのか。……なんで『仮面』なんだ?」
芹雄:「知ってるも何も『仮面』っていうのも…そのようにした張本人、俺。」
『はぁぁ…』
マスターが大きな溜息をする。
マスター:「お前さ…『悪い事したな』とは思わんのか?」
芹雄:「あぁ。全然。」 <キッパリ即答>
マスター:「…悪党。」
芹雄:「うっせ!元・忍者。」
マスター:「なぁ…まさかとは思うが…」
芹雄:「ん? あぁ、力の達人「香春」さんの鎧もパクッたよ。」
マスター:「…変態。」
芹雄:「あんたのプレイには負けるけどな。」
マスター:「なッ……!?まさか…昨夜の、み、見たのか!?」
芹雄:(オイオイ…こんな手に引っかかるなよ…っていうか何やったんだ、夜……夜?)
≪ガランガラーン!クワワワ……ワン≫
金属で出来た円盤が地面に落ちたような音が聞こえ、そっちを見ると…女将がいた。
芹雄:(あっちゃー…やっべぇー…完全に聞かれてたな。)
女将:「あ…あう…あわ、わ…」
芹雄:「あ、あの…女将さん?冗談ですから。何も見てませんから…」
マスター:「すまん、織江…俺がもっと気を付けていれば…」
芹雄:「!?」(ぎょっ!?)
女将:「うぅっ…」
芹雄:「ちょっ…マスター!否定否定!!フォローしてよ!っていうか、どんなプレイしてんの!?…あ。」
女将:「もう御嫁に行けない――!!」
≪シュタタタタタ…!!≫
泣きながら奥に走り去っていく女将。着物を着ていてもさすがは元忍者。物凄いスピードだった。
芹雄:「女将さーん!アナタもうお嫁に行ってるでしょー!!…って行っちゃった…」
マスター:「頼む、芹雄!この事は内密に…な?二人の仲じゃないか?」
芹雄:「だからさっきから冗談だ、見てない、って言ってただろ!?」
マスター:「な…何ィ!? じゃ、じゃぁ…罠!?カラスマ!?俺の勘違い!?」
芹雄:「いや…カラスマは違う、つーか関係無い。罠は…まぁ、近いかな?勘違いと早とちりが一緒になった…ってところかな。」
マスター:「う…と、取り敢えず内密に頼む…」
芹雄:「………むーん?そうだなぁ…」 (ニヤソ♪)
マスター:「な…なんだよ…」
芹雄:「どんなプレイしたか教えてくれたら黙っててあげよう…いや、忘れよう。」
マスター:「な…何だと!?冗談じゃねー!…い、言えるかよ!そんなコト…」
芹雄:「あ。そう…じゃ、仕様がないね。」
≪スック…≫
そう言って立ち上がる芹雄。そのまま外に行こうとする。
マスター:「ま、待て。何処に行く?」
芹雄:「ん〜? いやぁ、天気も良いし気分も良いし、ちょっと広場に行って大声で叫んでみたいなぁと思って♪」
マスター:「悪魔か貴様!? く…くそう…元はと言えばお前が……」
芹雄:「みなさーん!ここのマスターは女将さんとよな…ほばぅっ!」
マスター:「判った!判ったから止めろ! …はぁはぁ。」
芹雄:「いやー、なんか悪いね。脅してるみたいでさ。」
マスター:「こ…この外道が…」
芹雄:≪すぅぅぅぅぅ……≫
マスター:「わぁぁ! 悪かった! 言う! 言うから耳貸せっ!」
芹雄:「はーい。」
マスター:「………………………」
芹雄:「……嘘だな。」
マスター:「なッ?何で…はッ!」
芹雄:「みなさ―――むごッ!」
マスター:「ゴメンナサイ!嘘です!許してください!本当の事言います!」
芹雄:「最初っから素直に言っとけば良かったのに…」
マスター:「うぅ……」
既に沢山の人から注目を浴びていた。鬱陶しいので芹雄は一睨みして視線を逸らさせる。
マスターは最初泣きながら語ってたが、段々調子が出てきたのか説明に熱がこもってきた。
終いには体の動きまで表現し出した。
……
…………
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芹雄:「…すげぇ…スゲェよ、マスター。俺、アンタの事『師匠』って呼んでもいいかい?いや、『師匠』と呼ばせてください!!」
マスター:「あぁ、良いとも!我が弟子よ、テクニックを磨いて幾多の女子をメロメロにするのだぞ!?」
芹雄:「ハイ、師匠!!有難う御座いました!!」
そしてますます意気投合し友情を深めた二人。これからもここの宿屋には世話になるであろう…
さて次回、いよいよ冒険に戻る……のであろうか?期待せずに待て!震えて……待て!<カナリア
余談だが、夜のことが勘違いだった事は女将に言うと納得してくれた。そしてこの夫婦は今宵もまた愛情を深めましたとさ……