〜 第二一章 〜
事情
で、キリのいいところで他の冒険者と交代し、地下へ降りた。
向かう場所は…当然診療室!…と、いきたいところだが、まずは休憩を兼ねて酒場に行く。
芹雄:「マスター、適当に何か作ってくれ…腹減った……」
マスター:「おぅ…ご苦労さん。今日もあんたが一番活躍したそうだな。」
芹雄:「もう、そんなのどうでもいいよ…見張りついでに見付けた魔物を退治してるだけだ。それに強いモンスターもいなかった。」
マスター:「ふ…謙遜しちゃって、まぁ…そら、これでも飲みな。疲れが吹っ飛ぶオリジナルSPドリンクだ。」
≪ドンッ…≫
ジョッキに注がれた黄色い液体…気泡が吹き出ており、見た感じ発泡酒である…
芹雄:「マスター、こんな時間から酒を飲む気は無いぞ…?」
マスター:「あぁ、大丈夫だ。酒じゃないから。」
芹雄:「?…まぁ、頂くとしよう……」
『ぐびり…シュワー!』
芹雄:「うおっ!?な…何だコレは?口に、喉に刺激が……いや…しかし、なんだか爽やかな感じがする……不思議だ… 薬品のような匂いがするのに、美味い…」
これが後に『オ■ナミン○』として後世に伝わる炭酸スポーツドリンクである…(超嘘)
酒場で休憩と食事を済ませ、医務室に向かう事にした。
医務室の扉がある通路の角…曲がる直前で、昨日見たどうでもいい男二名が出て来た。
芹雄:(ゲッ!?ヤバッ…)
思わず身を潜めようとする芹雄。だが、隠れる場所が無かった為、オロオロしてしまう。
運良く、それらは逆の方向へ曲がったので事無きを得た。
見えなくなったのを確認してから、角を曲がろうとする…と。
≪ガチャ…ガッ、ガチャン。≫
扉の開く音と金属…いや、剣の落ちる音が聞こえた。
芹雄:(?……なんだ?)
芹雄はそ〜っと、顔だけ出して現場を見た…瞬間。
???:[だから我を粗末に扱うなとあれほど………]
と、耳からでは無く、頭に直接声が伝わって来た。
芹雄:「なッ!?……セリオスと同じだ…一体何が…?」
≪バタン。≫
扉は閉じられた。
???:[ひ、ひどい………]
そしてまた声が頭に響いた。
芹雄:(……どうやらあの剣から発せられた言葉のようだ…ということは、あれはインテリジェンスソードか。)
扉が閉じられて、再び開く気配もしなくなったので、角を曲がり扉の前まで行く。
そして、医務室の扉を一瞥してから、この部屋から投げ捨てられたのか、扉と逆方向の壁の下に転がっている蒼い長剣に目をやる。
???:[………………]
何故か黙り込んでしまった。見られてるのは判ってるんだろうし、話し掛けてくれてもいいのに……
暫く見詰めても何も言ってこなかったので、芹雄から話し掛けてみた。
芹雄:「やぁ、こんにちは。どうしたんだ?こんな所で。」
???:[…………………]
芹雄:「あら…だんまりですか……もう既にインテリジェンスソードだって判ってるから喋っても大丈夫だぞ?」
???:[…………………]
芹雄:「………ふむ。そうか。本当に喋ったら気味が悪いからこのまま置いて行こうと思ったけど、 普通そうなのでどこかの武器屋に売り飛ばす事にするか。どうせ捨てられたんだから俺が貰っても構わないだろう。」
???:[待て。悪かった…それだけは勘弁してくれ…]
芹雄:「そうそう。最初からそう喋ってくれればいいんだ。で?アンタは何物だ?」
ポセイドンハープーン:[我は『ポセイドンハープーン』。訳あって剣の形に変形している。]
芹雄:「へぇ…この世界のは変形するんだな…」
ポセイドンハープーン:[…どういう意味だ?]
芹雄:「え?…いやいや。気にしないでくれ。別に深い意味は無い……と言う事は、元ブルードラゴンか。」
芹雄は『バイラーダス』で最初の依頼でブルードラゴンを倒し、銛の形をした『ポセイドンハープーン』を入手している。まぁ、すぐ倉庫に入れたが。
ポセイドンハープーン:[その事を知ってる上、我の声が聞こえるというお主も只者ではないな……何者だ?]
芹雄:「俺か?普通の冒険者さ。名を芹雄という。まぁ、武具についての知識なら詳しいけどな。」
ポセイドンハープーン:[……まぁいい。何故隠すのかは判らんが、お主の事情だ…深く追求はせん。]
芹雄:「へぇ…有難いね。じゃぁ俺は追及させてもらおう。なんでこんな処に落ちてるんだ?」
ポセイドンハープーン:[……聞いてくれるか?]
芹雄:「えっ…?あぁ…別に構わんが…と…その前に呼び方教えてくれないか?ちょっと困る奴がいるんだよ…」
ポセイドンハープーン:[…誰が?]
芹雄:「まぁ、それも聞かないでくれ。存在自体怪しい奴だから。」
<セリオス>:[…………(♯`Д´)]
芹雄:(…何も初の顔文字使ってまで無言で怒りを表現せんでも…)
ポセイドンハープーン:[………なんだ?]
芹雄:「…気にするな。で、呼び名は?」
ポセ:[…ふむ…現在の所有者からは「ポセ」と呼ばれているから、それで構わん。]
芹雄:「そうか。わかった。(もう変わってるしね。)…では、話を聞こうか。」
そして、ポセイドンハープーンの話が始まった。いや、話というより愚痴だ。
芹雄は通路に座りこんでポセイドンハープーンの話に耳を傾けた。
どうやら、今の所有者はかなり無茶苦茶な性格をしているらしく、何度も泣きたくなったという。
親切心で忠告してるのに聞かなかったり、反論したりするという…インテリジェンスウェポンをどういう存在か解ってもらいたいらしい。
物扱いならまだしも、骨董品呼ばわりされた上、ちょっと説教しただけで破壊されかけたとまで聞かされる。……たしかに凄い性格をしている。
ポセ:[―――おまけに護衛中の冒険者を連れて討伐をするわ、そのダンジョンに置き忘れて帰るわ、 移動中の馬車で寝ている冒険者の顔に落書きするわ…他の護衛でもそうだ。依頼人を使用人の様に扱使っていたな…]
芹雄:「な…なんと。そんな事までするのか…酷いな…」
聞けば聞くほど我侭な悪人のイメージが強まってくる。そういう者には一度レナスさんの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい…と芹雄は思った。
ここに捨てられた理由は、こういう時にだけ意志ある存在扱いして、勝手に男性と決めつけて邪魔物扱いされて追い出された、という。
とにかく色々愚痴を聞かされて、最後に一言こう言った。
ポセ:[実力はかなりのものだが、あの性格だけは何とかして欲しいものだ…]
溜息混じり………剣なので息は吐かないが、そういう感じで話した―――いや、最後の一言だけは諦めが入っていた。
芹雄:「苦労してるんだなぁ…まぁ、でも売られたり捨てられたりしないのは信用してるからだろう。それに応えるよう頑張れ!」
ポセ:[うぅ…有難う、旅の者よ…お主のお陰でかなり気が楽になった。]
芹雄:「いいってことよ。しかし、ヤな性格してる奴だなぁ…一発ガツーン!と言ってやろうか?」
どうせ所有者はあの愛蓮さんの仲間のあれらのうちの一方だろう。説教するだけなら別に構わないな… まぁ、キレて攻撃して来たら俺は攻撃せずに一方的に食らって相手を悪人扱いにするとして…などと、勝手に想像する。
ポセ:[……や、止めた方がいい…下手すると殺されるぞ…]
芹雄:「うっわ〜…そこまで捻くれてやがんのか…任せろ!大丈夫だ、俺も相当実力に自信がある!」
ポセ:[いやいやいや!そういうレベルではないのだ!あいつは!今という状況でも冗談抜きに本気で……………]
必死で喚いて止めようとしていたポセイドンハープーンだが、急に言葉を止めた。
芹雄:「ん? どうした?―――――!?」(誰か来る…!)
背後から人の気配を感じ、慌ててその方向を向く。
???:「あらら…気付かれてしまいました。」
振り向くと一人の女性が既に眼前にまで来ていた。
芹雄:(…気配を全く感じさせないとは…この人、出来る!…っていうか、何故手を差延べてるんだ…?」
???:「う〜ん…残念ながら『目隠しして「だ〜れだっ?」作戦』は失敗に終ってしまいました…」
芹雄:「…へっ?」
頬の掌を当て、首を傾げて困る女性…そして、あまりに素っ頓狂な事を言われたので呆気に取られて固まる芹雄。
ポセ:[この方はこういう人だ…余り気にしない方がいい…]
芹雄:(!?なんだ?この人知ってるのか?) <心の声
ポセイドンハープーンが知ってるような事を言うので、口に出さずに心で語り掛ける。
ポセ:[この方はレナ…いや。ここフェンリルに嫁いで来た人で『ミルヴァーナ』ど――――]
芹雄:(なんだと!?こんな若くて美人な人があのジジィの嫁!?)
ポセ:[の…?なッ、ち…違う!アクター殿の息子に嫁いで来た人だ!]
芹雄:(あぁ、なんだ…そういうことか。……って、結局人妻じゃないか!こんな美人となんて羨ましい……ん?)
何かに気付いて、口論していた間もずっと悩み続けていた女性の顔をじっと見つめる芹雄。
ミルヴァーナ:「? 如何なされました?…ああ!睨めっこですか?」
どうやら難しい顔をしていた様で、それを勘違いしたようだ。で、何故か膨れっ面をするミルヴァーナ。 どうやら少し特殊な人のようだ。
芹雄:「似ている…」
ミルヴァーナ:「ぷはぁっ…はい?私がですか?」
ポセ:[似ている?…誰にだ?]
芹雄:「い…いや。気にしないで下さい…」(で、この人の旦那は何処に居るんだよ。執務室には居なかったぞ。)
ミルヴァーナ:「?」
ポセ:[…旦那は今行方不明だ。嫁と娘を放ったらかしにして蒸発したらしい。]
芹雄:(な…なんだと!?それでは…)
ポセ:[あぁ…毎日心配――――]
芹雄:(今フリーなんだな!?)
ポセ:[―――だろうな。…………!?なっ、何だと!違う!離婚はしてない!……って、芹雄、話を聞け!!]
既に仲間に誘おうとしていた。
セリオス・スーパー・アイが作動する!
この目で見られた者はあらゆるパラメータを見られてしまうのだ!
年齢33歳……OK!許容範囲だ!属性も似ているようだし、いけるかも!?などと考える芹雄。
芹雄:「あの…すいませ―――――」
ミルヴァーナ:「あら?そういえばそろそろ御夕飯の準備をする時間ですね。食材を取りに行く途中なのを忘れてました。」
芹雄:「――――え?あ、はぁ……」
ミルヴァーナ:「あ、その剣は私の娘の使っている剣ですね。ご返却願えますか?」
芹雄:「え!?……は、はい…どうぞ…」
ミルヴァーナ:「はい、確かに。それでは、ごきげんよう。」
芹雄:「は、はぁ……ごきげんよう……」
そして、蒼い剣を持って黒髪の美女は去って行った。
ポセ:[………まぁ、こういう人だ。気にするな。]
別れ際にポセイドンハープーンから慰められた。
芹雄:(……『私の娘の使ってる剣』……)
立ち上がって再び診療室の扉の前に立った芹雄はミルヴァーナが言った台詞について考えた…ポセイドンハープーンの言った事は事実だろう。しかし…あの女性の娘…
レナスに似た女性の娘…つまり、レナスがあのポセイドンハープーンの今の所有者という事になるだろう…
確かに、ポセイドンハープーンはこの診療室から投げ捨てられた。レナスはほぼ一日中ここにいる…
もう疑いの余地は無いだろう…あの聖母のようだったレナスは実はとんでもない性格をした娘だったのだ。
芹雄:(確かに直接合った訳じゃないし、どんな話をしてるかも聞いてない…昨日見た事は幻だったのだろうか…?)
最早それすらもどうでも良くなり始めた…その時…
???:「愛蓮さん!医者を呼んできて!」
と、扉の向こうから誰かの声が聞こえ、
愛蓮:「ええ!解ったわ!」
という愛蓮の声が続き、扉に足音と気配が近付いて来た。
芹雄:(………嫌な予か)「ン"フッ!?」
≪ガチャッ!≫
≪バンッ!≫
愛蓮:「? …今はそれどころじゃないわ…」
≪タタタタタタタタ……≫
愛蓮は走り去った。
『嫌な予感』という事を考えてる間に逃げ遅れて勢い良く開かれた扉の直撃を食らう。どうやら扉はどちらからでも開く造りになってる扉のようだ。
芹雄:(――――――ッッッ!!!鼻が…鼻が……ッ!)
しゃがみ込んで鼻を押さえ無言で痛がる芹雄。ベタベタなコントネタだが、誰も見てないのでウケない。
声が聞こえたので診療室の中を覗くと、レナスがいた。起きたのであろう…怪我人の二人と話をしている。
芹雄:(……こうして見ると普通の優しいお嬢さんなんだけどなぁ…)
これで先程の『誰かの声』はレナスと判明した。これを聞いたら帰ろうと思っていたが、なんか気が変わったらしく、暫く監察することに。
暫く様子を見て(覗いて)ると、数人の足音が聞こえて来た。
愛蓮:「お医者様!早く!」
どうやらもう愛蓮が戻って来たようだ。おまけ2コも漏れなくついて来た。
芹雄:(…隠れるか)
そして足音のする方とは逆の角に向かって瞬時に移動し身を隠した。と、同時に愛蓮御一行が診療室に入り、扉が閉る音がした。
で、人がいなくなった事を確認してから再び扉の前に立つ。と、部屋の中から話し声が聞こえる…
芹雄:(…聞きたくて聞いてるんじゃないぞ?)
と、言い訳を心の中でし、耳を傾ける…といっても、混乱してるらしく会話らしい言葉は聞こえてこない。
『何故こんな所で…』から始まり、『貴方達は誰!?』『落ち着いて!』『デスドラゴンは…!』『まだ安静にしていないと駄目だ。』『興奮しないで。』
…と、いった言葉が何度か続いてから『あ、また寝ちゃった…』と言う言葉が聞こえた。
どうやら病み上がりでいきなり興奮した所為で気をやってしまったらしい……
二時間ほど経ったであろうか…再び目を覚ましたらしい。
やはり、再び錯乱したのか、口論になっている。しかし、前ほど激しくは無い。次第に状況を理解出来るようになって来たのか、穏やかになって来た。
………今度こそ落ち着いたようで、普通に話をしだした。
愛蓮:「落ち着きましたか?」
???:「ええ……ありがとう。」
???:「あなたがたが私達をここまで運んで来て下さったのですね…有難うございました。お陰でかなり快復する事が出来ました。」
レナス:「ここの医者はかなりの腕前だからね。傷の治療なら完璧だよ。まぁ、発見が早かったのと、安静にしてた事が早期回復の素かな?」
???:「そうですか…本当に助かりました。改めてお礼を言わせて頂きます…」
愛蓮:「いえ…当然の事をしたまでです。」
玲奈:「自己紹介がまだだったわね…私は『敏捷のマスター』玲奈。」
リーナ:「同じく、『知のマスター』リーナと申します。」
芹雄:(………敏捷のマスターと知のマスター…?)
聞きなれない言葉に顔をしかめる芹雄。だが、すぐに判ったらしく、
芹雄:(『バイラーダス』で言う忍びの達人と魔術の達人の事だな、うんうん。)
と、一人で頷く。
レナス:「それでは早速で悪いけど、順を追って雷鳴の峡谷での出来事を話してもらえるかな?」
男A:「お、おい…彼女達は目を覚ましたばかりだぞ? それは無茶だろう。」
レナス:「確かにそうだけど、あれから既に3日経ってるんだよ? そんな悠長な事言ってられないよ。」
男A:「だが……」
どうやら今度は別の者同士で口論になってるらしい……なんか雲行きが怪しくなって来た。
………何故か沈黙していた。いや、只単に聞こえてないだけかもしれないが。しかし、急に大きな声で沈黙が破られた。
玲奈:「ちょっと!もう3日も経ってるって本当なの!?」
芹雄:(おぉ、吃驚した…あ〜ぁ。また興奮してるよ…大丈夫かな?)
レナス:「うん。あなた達を洞窟の入り口で見つけてから丁度そのくらい経ったよ。」
玲奈:「何てこと…! こうしてはいられないわ! リーナ、行くわよ!」
リーナ:「ええ……!」
芹雄:(な、何だ…?本当にヤバくなってないか?…む?誰か出てくる…)
愛蓮:「待ってください! 今のあなた達では無理です!」
扉を離れようとした芹雄だが、愛蓮の声によって動きを止めて、再び耳をそちらに傾けた。
玲奈:「止めないで! 明日までにデスドラゴンの所へ戻らないと、ポールが……!」
レナス:「!? ポールさんがどうしたっていうの!?」
玲奈:「助けてもらっておいてこんな事言うのも何だけど、あなた達には関係のない事なの! 部外者は引っ込んどいて!」
リーナ:「玲奈!言い過ぎですよ!…でもこれは私達マスターの問題なのです。あなた達を巻き込むわけにはいきません。」
愛蓮:「関係無い事ではありません!私達だってこれからデスドラゴンを倒しに行くつもりなのですから、これはもう人事ではないでしょう?」
玲奈:「貴方達が…? 無茶言わないでよ!私達ですら無理だったものを人の限界すら越えてない貴方達が出きる訳無いでしょ!?」
男A:「確かに俺達はあんた達マスターから見たら頼りない冒険者かも知れない…だが、今のあんたよりはよっぽどマシだと思うぜ?」
玲奈:「ふん…!笑わせないで!例えどんな状態であろうと貴方達なんて相手じゃないわ!私達マスターを倒せるのは人の限界を超えた者か同じマスターくらいのものよ!」
芹雄:(お〜お〜……なんかスゲー展開になってんなぁ…面白くなって来た。)
それから暫く診療室の中で口論大会が開催されていた。
とにかくあの玲奈が凄かった。なんという攻撃的な性格をしているのだろうか。
幾らなんでもそれは言い過ぎじゃないか?と思う台詞が多々あった。救ってもらった身でありながら…かなり危険な性格をしている。
しかも何を言われても反論する。負けず嫌いな性格もしていた。
で、何かは良く解らないが、レナスの所為でとんでもない事になってるらしい。ポールというレナスに敗れた前の力のマスターがどうしたとか…
しかしレナスも、よく動じずに言葉を返せるものだな…と感心してしまう。玲奈の皮肉を含んだ台詞も上手くかわして逆に返すというテクニックまで使っている…
芹雄:(う〜む…やはり只者ではないな…愛称は『レナ』か…どうでもいい事だが。)
暫く口論した後、玲奈がデスドラゴンと戦って敗れ、気を失う所までの回想を語り出した。
芹雄は扉の傍に腰掛けてその話を聞いた。
(詳しくはESKさんの裏ティックドーン第二十七話で。)
玲奈:「これが3日前の出来事の一部始終よ。」
レナス:「『あの者達』とはわたし達の事か……」
芹雄:(…成る程な。そういう事があったのか…それで『ポールが捕まったのはレナスの所為』だ、と…ハッ…馬鹿馬鹿しい… どうやらあの娘は性格だけで無く頭も悪いらしいな。だいたい己の力を過信し過ぎなんだ。周りの状況もよく掴めていないらしいしな。)
レナス:「確かにわたしが力のマスターとして行っていればこんな事にはならなかった……」
芹雄:(…って、え〜っ!?マジか?…俺が間違ってるのか?…俺がおかしいのか?)
玲奈:「だからと言って、もうあんたに頼るつもりはないわ。あたし達だけでポールを助ける!」
芹雄:(………はぁ、もういいよ…どうせ俺は部外者なんだから…)
レナス:「無茶だよ!今のあなた達では返り討ちにあうのがオチだよ。」
玲奈:「だったらあんたはポールを見殺しにしろって言うの!?」
愛蓮:「そうではありません。」
だんまりを続けていた愛蓮が二人の口論に急に口を挟んで来た。
愛蓮:「デスドラゴンの言葉によると、ポールさんを助ける為にはあなた達ではなく、私達が行くのが道理でしょう?」
玲奈:「どうせあんた達が行ったって、返り討ちにあうのがオチでしょ!?」
愛蓮:「確かにあなた達はそうだったかも知れません。だけど私達は違う。」
今の玲奈の言葉にキレたのか、愛蓮の声色が微妙に変化して、さらに口調まで変わって来た。
玲奈:「あんた達があたし達にできなかった事をするっていうの!」
愛蓮:「それはまだわからないわ。だって私達はまだ戦ってないもの。」
玲奈:「っ…! 戦わなくたって結果は目に見えてるでしょ! 余計な事をして命を失う気?」
………と、いう風にどんどんエスカレートしていく女の戦い…
芹雄:(うへぁ〜…スゲェ〜…つーか、愛蓮さん恐ぇ〜……)
『―――――』
愛蓮に恐怖心を感じてて聞き取れなかったが、何か覚えのある名前を聞く。
芹雄:(…今、『降魔の利剣』って聞こえたような…?)
再び耳を澄ます。
リーナ:「なるほど、確かにあの剣ならデスドラゴンには有効ですね。」
芹雄:(あ、やっぱり。…で、デスドラ退治に使う訳か…なるほど。)
玲奈:「だ、だからと言ってそれがあたし達よりも可能性がある事にはならないわ!」
芹雄:(うお!?まだ反論するのか、この人は…)
愛蓮:「あら?何でかしら。レナは力のマスターよ? 資格は十分じゃない。私達だってサポートに回るつもりだし。」
芹雄:(ひえ〜…愛蓮さんも負けてねぇし…)
玲奈:「だってマスターと言っても力だけじゃない!それだけで勝てると思うのはおかしいわ!」
芹雄:(また…ん?まぁ、確かに一理あるな。力『だけ』だったらな。)
その予想はだいたい当たってた。やはりレナスは力だけ優れているという訳ではなかった。
強いて言えば、芹雄と同じスタイルだ。まぁ、レナスとは違い、芹雄は戦闘で攻撃や補助の魔法には頼らないが。
その事を聞いた玲奈が過剰に反応。判り易い性格だ…
玲奈:「フンッ…つまり器用貧乏って事じゃないの。『力』『敏捷』『知』のどれも極めるだなんてそんなの絵空事よ!それがあたし達マスターに勝てる理由にはならないわ。」
鼻で嘲う玲奈。
芹雄:(う〜ん…悪いね、玲奈さん。その『絵空事』を現実のものにした奴がここに…)
玲奈:「―――あんたの言う事が本当かどうか…試させてもらおうじゃない!」
またも変な事を思ってる間に事が進んでて途中の話を聞きそびれた。
愛蓮:「……試す?…どうやって?」
玲奈:「決まってるわ!リーナ!準備するわよ!」
リーナ:「ふぅ……結局こうなるのですか……」
芹雄:(う〜ん…ホント、解り易い性格してるなぁ…感心するよ。)
レナス:「愛蓮さん、悪いけど滅魂槍貸してくれる?」
愛蓮:「なるほど。そういう事なのね……」
男A:「おいおい…もしかしてこれから………!?」
男B:「マスター同士の戦いが始まると言うわけか………」
『おぉ!?あの男、喋れたのか?』という感想も無く、芹雄はじっと話を聞きながら様子を窺っている。
本当に男二人の事はどうでもいいようだ。
玲奈:「レナ!あんたの実力見せてもらおうじゃないの!」
レナス:「いいの?今のそんな状態でわたしと戦えるの?」
玲奈:「ふん!三日も寝れば元の状態に戻ったも同然だわ!そっちこそ負けた理由にこちらに遠慮したとか言わないでよ!」
リーナ:「レナ……私達には遠慮しないでいいから本気でかかってきてくださいね。」
愛蓮:「では、仕合いの場所はいつも訓練に使ってたあの場所にしましょう。」
その言葉が出た瞬間、気配が近付いて来た。出て来るのだろう。慌てて(でも音を立てずに)神速で角に隠れる。
中から六人ぞろぞろと出て来て、芹雄が逃げた方向とは逆に向かって歩いて行った。
それを見失わない程度に離れて後を尾ける芹雄…でもちょっと考え事。
芹雄:(なんで俺は駄目でマスターなら戦闘してもいいんだよ…贔屓じゃないか?愛蓮さん。)
初めて通る道だった。どうやら『いつも訓練してる場所』は酒場のマスターの言う訓練所とは違った場所だったようだ。
その訓練所に向かう途中、男Aが思い出したように言った。
男A:「おっと、そうだ。レナ、お前に渡すようにミルヴァーナさんから預かってた物がある。」
レナス:「え?お母さんから? 何?」
男Aは腰に携帯していた剣を鞘ごとレナスに渡す。芹雄はその剣に見覚えがあった。
レナス:「あっ!ポセ!あはは〜。すっかり忘れてたよ。」
ポセ:[…捨てた事と忘れていた事に対する詫びは無いのか?]
レナス:「…なんで?」
ポセ:[…もういい。]
芹雄:(くッ…!)
ポセイドンハープーンの心境がそのまま伝わったかのように、目を掌で覆い、顔を逸らす芹雄。
レナス:「とにかく、ポセがないと戦闘にならなかったからね。有難う―――」
男A:「いや、なぁに。ついでだったからな。」
レナス:「お母さん……!」
≪ズコーッ!≫
なにもそこまで…と思わせるような一点の曇りも無い見事な転びッ振りを見せる男A。
男A:「ミルヴァーナさんにかい!」
レナス:「ん?何? 私はディオバーグさんに御礼を言わなくちゃいけないの?ディオバーグさんはお母さんのお願いを聞いてポセを持って来ただけでしょ?」
ディオバーグ:「…もういいよ…」
レナス:「なんだ。つまんない。もうちょっとからかえると思ったのにな♪」
ディオバーグ:「ぐぎぎ………」
男B:「まぁ、いつもの事だろう……気にするな。」
芹雄:(大変だなぁ…まぁ、どうでもいいけど。)
そうこうしてる内に訓練所に着いたようだ。全員その部屋の中に入っていった。どうやらここには扉は無いようだ。
全員入ったのを確認してから気配を消し、そっと入り口に近づく芹雄。そして、片目だけ出して中の様子を窺う。
なんか、既に丁度良い間合いに分かれていた。すぐに始まるようだ。
玲奈:「それじゃ、準備はいいかしら?」
レナス:「こちらはいつでもOKだよ。」
二人ともそれぞれ得物を抜き、腰を下げ、力を溜める…場外の仲間はただ固唾を飲んで見守っている…と思ったら、
リーナ:「待ってください。」
『知のマスター』が水を差した。
玲奈:「何よ? リーナはあたしの後にしてよ!」
リーナ:「いえ…それでは意味がありません。」
芹雄:(…? なんだ?……『意味』?)
玲奈:「は?そんなにあたしより先にやりたいわけ?」
リーナ:「違います。例え私達を一人一人各個撃破できたとしてもデスドラゴンを倒せる証明にはなりません。」
芹雄:(……あ、そうか。さすがは『知のマスター』考える事が違うなぁ。)
アンタも知の宝珠持ってるんだから立場は同じですよ?芹雄さん。
玲奈:「……つまり二対一でやると言うの?」
リーナ:「デスドラゴンは私達3人を同時に相手して、その上で私達を倒しました。 その相手に打ち勝つつもりなら、二対一でも物足りないくらいでないと勝利は望めません。」
芹雄:(…なんか面白い展開になって来たな…)
玲奈:「嫌よ!レナ一人くらいあたしだけで十分だわ!あたしは敏捷のマスターよ!」
リーナ:「今回レナと戦う理由はデスドラゴンと戦える力を持っているかどうかを見極める為のものです。この際あなた個人のわがままは聞けません。」
玲奈:「でも………!」
レナス:「えっと…ちなみにわたしも二対一は嫌だな〜、なんて…」
リーナ:「勿論あなたの意見も聞けません。」
レナス:「あう………」
芹雄:(…まぁ、当然だな。逆に望むところでないとイカンな。)
で、「知のマスターの言う事が正しい」ということで、レナスは一人でマスター二人と戦う事になった。
勝敗は至って簡単。動けなくなったか降参した方の負け。
ディオバーグ:「それじゃ、始めるぞ!」
何故か審判を務める事になった男A。
ふと玲奈を見ると、やや腰を屈めた状態で前傾姿勢になり忍刀を構えている。どうやら始まった瞬間に斬り払う戦法だろう。
ディオバーグ:「それでは………始め!」
玲奈:「はッ!」
≪シャッ!ヒュ、ギィン!≫
思った通り、「始め」の声が掛かった瞬時に間合いを詰め、胴を薙ごうとした。
しかし、レナスはその攻撃に追い付き、剣で受ける事に成功している…聞こえなかったが、鍔迫り合い中に会話をしているようだ。
現力のマスターであるレナスの方がやはり力は上のようで、徐々に押し返していく。あっという間に力で押さえつけられている玲奈。
芹雄:(ちと我を出し過ぎたな。敗因は冷静さに欠けて相手の実力を把握できなかった事だ…ん?)
二人に集中してて忘れていたリーナが魔法を発動させた。サンダークリスタルだ。
≪ズバガシャーン!!≫
レナスはそれに気付いたのか、上手くかわす…いや、それが狙いか。2人は再び間合いを取った形になっている。
やはり大した物だ。少しの漏れも無く一点集中の雷撃。余程の実力と精神力が無いとあそこまでコントロールは出来まい。
構え直したレナスが今度は魔法で応戦する。相手の頭上では無く、自分の前に放つ直線雷撃魔法、レーザークリスタルだ。
≪ヴン…ビシャー!≫
だが、簡単に避けられてしまう。しかし、レナスは動じた様子も無くある方向に向かって走り出した。
向かう先は…リーナだ。たしかに普通の魔術士なら直接攻撃に弱いので前衛の隙をついて攻撃するのが正しい戦法だろう。
だが、それは相手が『普通の』魔術士だった場合だ。
≪ガギッ!≫
かなりの威力を誇るポセイドンハープーンすら通じない鎧を着ているのだ。『知のマスター』及び『魔術の達人』とは。
ありとあらゆる物理攻撃を受けつけない、神龍の皮膚…それで造られた地上で最硬の鎧『ドラゴンレザーアーマー』…それを彼女は着けていた。
物理防御には絶対の自信があったらしく、攻撃を避けようともせず、微動だにせずに受け、そのまま魔法を放った。
≪ボワァッ!≫
広範囲に炎を振り撒く魔法…ファイヤータロットか。
ポセイドンハープーンの剣圧で炎を切裂くレナス。少し離れて再度攻撃しようとしている…が、黙ってみている彼女ではないだろう…
レナスの頭上から静かに襲いかかる玲奈。しかし、
≪ガギッ!≫
殺気を感じて来ると判ったのか、レナスが玲奈の方を向かずに剣でその攻撃を受ける。
また何か言ってるが、刹那、
≪ゴオッ!ズオォォ!≫
硬直状態のレナスに放たれた炸裂火炎弾魔法。上手いコンビネーションだ。しかし、味方が敏捷のマスターでなかったら相手と一緒に焼いていたところだろう。
まぁ、どちらもかわしたが。
双方の動きが止まる。次にどう出るか思案しているのか…
暫くするとレナスが動き出した。ポセイドンハープーンを納め、背負っていた魂滅槍に持ち替える。
芹雄:(……ふむ、成る程…まずは『知』か。)
気付いたのはリーナと芹雄だけの様で、玲奈とその他は気付いてないようだ。
そして一気に勝負に出たレナス。すぐにリーナを狙うと思ったが、玲奈に攻撃を仕掛けた。
脇腹を狙った薙ぎ払い…しかし容易く剣で受け止められた…と思った瞬間。
≪グンッ…グァキィンッ!≫
一瞬、レナスが巨大化したように見えた。どうやら力の宝珠を使ったらしい。その威力で、防御していた玲奈はかなり吹っ飛んだようだ。
そしてレナスは標的をリーナに変え、攻撃を仕掛ける。リーナも負けじと知の宝珠を使い、攻撃魔法で牽制する。
その攻撃もレナスは避けながらリーナに近付いていき、目の前に到達すると槍を構える。
芹雄:(…むぅ…まだ甘いな。ここでサンダークリスタルなんか撃たれたら同じ事に――――)
≪シュバァッ!≫
しかし、芹雄の意に反して放たれたのは広範囲魔法だった。
芹雄:(なッ!?なんだと!?…かぁ〜ッ!ここで冷静さを欠くとは…残念。)
レナスは避けようともせず、敢えてその魔法を食らい、魔力を篭めた魂滅槍をリーナに叩き付けた。
リーナ:「きゃああッ!」
吹っ飛ばされ、そしてリーナは意識を無くし動かなくなった。
ようやく起き上がったその状態を見、玲奈が殺気をレナスに向ける。
離れた位置で何か会話をしていて、その話がまとまったのか、再び構える二人。そして、動き出す玲奈。
どうやら敏捷をフル活動しているようだ。素早い動きで攻撃を何度も重ねて、じわじわとダメージを与えていくつもりだろう。しかし…
一度もまともに当たっていない。いや、全てレナスが剣で防いでいる。
芹雄:(……おかしい…達人にしては弱過ぎる……まさか。)
そして…逆転してしまった。一瞬の隙を突いて鍔迫り合いの状況に持ち込んだ。邪魔も入らない。
一度その状況を自ら退けるが力押しの連続攻撃を仕掛けた。苦しい表情になる玲奈…そしてついに。
≪カィン!ヒュヒュヒュ…カッ…カン、カラン…≫
手が痺れたようで、玲奈の忍刀は弾かれ宙を舞い、地面に落ちた。
すかさず、玲奈の目前にピタと切先をつける。勝負がついた。
…………と思ったが、なんか会話を聞いてるとこの二人、まだ勝負をする気らしい…
思った通り、玲奈は本気を出していなかった。そりゃそうか。敏捷のマスター=忍びの達人=アサシンマスターなんだから。
本気モード=殺しモードであろう。
そして再び二人の試合が…いや、死合が始まった。
何かを言ってから、服の中に仕舞っていたペンダントを取り出す玲奈…芹雄はその宝石に見覚えがあった…というか、持っていた。
その宝石が光ったかと思うと玲奈が四人に増える。忍の宝珠の力によるものだ。
そして一斉にレナスに襲いかかる玲奈達。1体1体がそれぞれ違う場所を攻撃する。レナスはそれを武器でガードしている。
しかし、この方法は玲奈にとってかなりの負担になっている。只でさえ四体という無理な事をしてるのにその分身を出し続けている。
つまり、分身を出しているその間、常に体力を消耗してる事になる。
反撃を受けない自信があるのなら有効かもしれない。だが、またも相手の実力を見誤った玲奈。
何度も攻撃してるのになかなか決定打が決まらないので焦りが見えて来た。レナスは冷静に攻撃を防いでいる。
我慢の限界が来たのか、ついに暴走する玲奈。再び忍の宝珠の力を使う…本体から分身が出るという事を忘れて。
その機会を待っていたレナスはいよいよ攻撃に移った。
レナスの持つ力の宝珠が輝く。
芹雄:(?…何で今使うんだ?……な、何ィ!!)
次の瞬間、レナスはポセイドンハープーンを地面に突き立てる。
≪ゴゴゴゴゴ…ブシャ―――!≫
地面からかなりの勢いの水柱が上がる。玲奈達は全てバックステップでかわす。レナスは一体の玲奈に向かって走る。
芹雄:(な…なんつー無茶苦茶な事を…確かに命懸けなのは判るが、今の地響きはヤバイと思うぞ…)
≪ドカッ!≫
玲奈:「ぅあッ…!」
レナスの一撃を受け、倒れる玲奈。レナスの力の所為もあるが、あれだけ宝珠を乱用したんだ。残りの体力も殆ど無かっただろう。
そして残った玲奈の分身は全て消え去った。
戦いが終り、仲間の元に来るレナス。
そして、あまり良く見えてなかったであろう仲間達にどういう風に勝負がついたか説明する。
しばらくして、玲奈が目を覚ます。
玲奈:「つッ…! どうやらあたしの負けのようね………」
レナス:「どう?これで少しは認めてくれるかな?」
玲奈:「ふん!誰が!でもあたしは今回の怪我でこれ以上戦えそうにないわ。だからあんたが代わりに行きなさい!」
リーナ:「つまり、レナスを認めたのですね?」
玲奈:「リーナ!うるさいわよ!」
リーナ:「はいはい。わかりましたよ。」
レナス:「それじゃあ今回はこれでお開き…だね。」
玲奈:「待ちなさい!」
レナス:「……何?まだやるの」
玲奈:「そうじゃないわ。ほら、持って行きなさい!」
そう言って、玲奈は忍の宝珠を投げてレナスに渡す。
玲奈:「形はどうであれ、負けた事に変わりはないわ。今日からあんたが敏捷のマスターよ。」
リーナ:「それでは私の知の宝珠も受け取ってもらわないといけませんね。」
そしてリーナも知の宝珠をレナスに渡す。
レナス:「でも、今回はデスドラゴンに関しての試験みたいなものだし、マスター同士の戦いでこれは受け取れないよ……」
玲奈:「いいから持っていきなさい!」
リーナ:「玲奈も私もあなたには生きて帰ってもらいたいのです。だからその宝珠は私達からの貴方に対するせめてもの気持ちだと思ってくださいね。」
玲奈:「ちょ…ちょっと!あたしはそんな事少しも思ってないわよ!」
リーナ:「あら?自分の気持ちに嘘をつくのはあなたの一番嫌いな事ではありませんでしたか?」
玲奈:「っ!し…知らないわ!」
そう言って、ふらつきながらもなんとか立ち上がって訓練所を出ようとする玲奈。
芹雄:(うぉッ…?出てくるのかよ…あんな状態で…隠れないと……ん〜………何処に?)
ここは通路の奥にある場所で、曲がり角も、身を隠せるような場所も無い。今から走って逃げてむ見つかるだろう。逆に怪しいし。
そこで芹雄が使った作戦とは…
『浮浪者作戦』。ただ浮浪者の様に、陰気な顔をして座り込むなり寝るなりして、近付きたく無いオーラを放出するというものだ!
芹雄:(フフフ…我ながら完璧なアイデアだゼ…)
そして壁の方を向いて寝転がり、寝たふりをする。すぐに玲奈が出て来た。
そのまま通り過ぎると思ったが、立ち止まって壁にもたれかかった。
芹雄:(おぉ〜い!何でこんな所で止まっとんねん!早よ行かんかい!)
と、心の中で叫んで『早く行けオーラ』を放出。しかし、なんで動かなかったのか、という原因がやって来た。
リーナ:「あら?玲奈。待っててくれたのですか?」
玲奈:「けが人のあんたを放って一人で帰ったら寝覚めが悪いでしょ?」
リーナ:「それはありがたいお言葉ですね。」
玲奈:「ほら、肩につかまりなさい。」
肩を貸す玲奈だが、すぐには動かなかった。
やがて玲奈がリーナに話し掛けた。
玲奈:「あたし……ポールの言った事がわかったような気がしたわ。」
リーナ:「………そうですか。」
玲奈:「は、話はそれだけよ!ほら!さっさと部屋に戻りましょ!」
リーナ:「はいはい。わかりましたよ。」
芹雄:(……へぇ…嫌な奴だと思ってたけど、案外いい所あるじゃないか。)
ちょっぴり玲奈の事を見直す芹雄だった。
芹雄:(……全然気にされなかったな…ちょっと寂しい…)
ちょっぴりオセンチなキヴンになる芹雄であった。
立ち上がり、再び訓練所の中の様子を窺う。
男B:「予定より早くなったが……明日だな。」
愛蓮:「ええ、ポールさんを助けないといけないものね。」
レナス:「そうだね。じゃあ今日は明日に備えてゆっくりと休むとしますか。」
ディオバーグ:「そ、そうだな……」
レナス:「もう、明日が大事な決戦だって言うのにそんなにボロボロになっちゃって。駄目じゃない。」
ディオバーグ:「誰の所為だと思ってるんだ!」
と、長い緊張から開放されたからか漫才が繰り広げられていた。
そして漫才も終り宿に戻るのか、と思い芹雄はその場を離れる。
暫く歩いていると訓練所の方から叫び声が聞こえた。
その場に向かう。途中男Bとすれ違うが、かなり焦っているのか気にもされなかった。
訓練所の中を覗くと…レナスが倒れていた。男Aが運ぶのか持ち上げようとしている。愛蓮さんは恩恵札で回復しようとする。
腰のあたりから血が出てるのが判る。かなりの出血量だ。これはマズイかもしれない、と思った芹雄は…
芹雄:「ちょっと待て。」
とうとうその場に姿を出してしまう。
愛蓮:「…あ…芹雄さん?どうしてここに…」
ディオバーグ:「何だお前は!部外者は黙っていろ!」
芹雄:「煩い、黙れ…今下手に運ぶと傷口が広がる。まずは傷を治してからにしろ。」
ディオバーグ:「そ、そんなことお前に言われなくても判っている!愛蓮、早く回復魔法を!」
愛蓮:「…え、えぇ…えぇと…恩恵札恩恵札……あぁ!どうして見つからないの!?」
芹雄:「……こういう状況でも落ち着いて対処できないようでは一流の冒険者にはなれないぞ?…どけ。俺がやる。…恩恵札。」
≪パァァ……≫
見る見るうちにレナスの傷が治って行く。血が止まり、傷口が塞がる。
愛蓮:「………これほどまでとは…」
芹雄:「傷は塞いだが、体内の血に関しては専門外だ。ちゃんとした医者に見てもらわん事にはこの人の完全回復は望めないな。」
ディオバーグ:「…取り敢えず礼は言っておく。だが、もういいだろう。後は俺達に任せてもらう。愛蓮、行くぞ!」
愛蓮:「…え?えぇ…あ、芹雄さん。有難うございました…私、本当に勘違いを―――」
ディオバーグ:「愛蓮!」
愛蓮:「あ…ごめんなさい、芹雄さん…私行きますね。それでは、失礼します。本当に有難う!」
そして、2人は走り去って行った。背負われたレナスが心配だったが、確かにあの男Aの言う通り部外者である。
明日…診療室を訪ねてみるか…と思う芹雄であった。
帰るつもりがとんでもない場面を目にしてしまった芹雄。
事情を知った芹雄はこの事を無視して帰る事が出来るのであろうか!?
次号、待つべし!
了